自己紹介
43歳で男性です。趣味は1人ドライブとそこでの1人カラオケです。笑
運送会社の事務をしていましたが、やりたい事が見つかり退職しました。
会社で健康診断が悪かった方、悪くはないけど心配な方はぜひ参考にして頂けたら幸いです。
透析になる前
39歳のとき会社の転勤先で仕事中両目からうっすら血が出ており、眼科へ行き検査したところ糖尿病の網膜があり糖尿病の病院を紹介され通院しました。腎臓の数値が悪く腎臓の検査の結果1、2年後に透析しなければいけないと伝えられました。
家に帰って今後の生活や仕事、お金の件など悩んだのを覚えています。会社に結果を報告し入院の為会社と打ち合わせして入院しました。透析の事について勉強があり、不安になりながらも透析とはどんな事をするのかを学びました。
退院後実家のある県へ転勤
退院後会社より転勤を言われ実家で静養しながら働くことになりました。通院しながら腎臓の数値を確認する日々が続きました。途中シャントを作る手術をし、透析が出来る準備をしていました。ある時お医者様から数値の悪化に伴い「もう限界です。透析を始めましょう」言われ入院する事になり、会社に報告し入院。2週間の入院になり、始めてのコンソールを(透析をする機械の名前)見た時は不安でいっぱいになったのを今でも覚えています。透析しながら2週間入院しそこで透析の費用などを教わりました。退院後透析に慣れる為しばらくは会社を休み透析通院をしました。
合併症!目が見えなくなる⁉︎
2ヶ月の透析通院をし、会社に復帰後すぐ目が見えづらくなり眼科へ網膜症が悪化し外部からは見えないのですが、両目から血が出ており、硝子体が濁って見えなくなっていました。そこで糖尿病は血管の病気と知りました。(高血糖により血管をボロボロにする)会社復帰後すぐに眼科に入院。透析しながら、目の手術をし、また2週間入院しました。結果6ヶ月後会社に再復帰しました。
仕事と病気の両立
復帰後仕事をしながら透析治療を続ける生活が始まりした。会社も透析通院が出来る様にシフトを調整してくれたのでキツかったですが、なんとか仕事をこなす事が出来ました。そこから2年ぐらい働きました。
やりたい事が見つかる!希望をもって前に!
仕事と透析通院をしながら、金、土、日曜の3連休が取れた時は東京へ遊びに行っていましたが、次第に東京に住みたいと思う様になりました。
そして、透析という病気になり人生を見つめ直す機会が出来、やりたい事をやる!そんな人生にしたいと思い会社を退職。
現在は、東京の病院と住むところを探しています。今年前半での東京への移住を計画実行しています。
最後にこれだけは注意!
糖尿病は怖い病気です。それは痛みも不調をきたす事が一切無く気付いたときには手遅れになる事です。私も健康診断で糖尿病と診断が出ましたが恥ずかしいという感情と仕事に追われており尚且つ痛みも無かったので病院に行く事をしませんでした。今更ですが、あの時病院に行っていればと後悔しています。皆さんも健康診断で悪いところが有れば必ず病院に行って下さい。会社は社員を守ってくれません。自分の健康を守るのは自分自身です!自分の健康は自分で守り、病気のない人生を送って下さい。
この記事を読んで頂きありがとうございます。
次回も書けたら頑張ります。笑