「水が飲みたい」透析患者がずっと思っている、正直な話
こんにちは、透析生活!のアグーと申します。
今日は、調べた話でも、制度の話でもありません。透析患者が、ずっと心の中で思っている、たったひとつの本音の話です。
「水が、飲みたい」
透析でいちばんつらかったのは「水」だった
透析になると、食事にもいろいろ制限がつきます。でも、自分にとっていちばんこたえたのは、食べ物より「水分制限」でした。のどが渇いても、飲みたいだけ飲めない。これが、想像していた何倍もつらかったのです。
入院中、1日の水分は「ほうじ茶3杯」だけ
3年前、透析を始めるために入院していたときの話です。1日に許された水分は、朝・昼・晩の食事のときに出される、コップ1杯ずつのほうじ茶だけ。それ以外は飲んではいけないものだと、私はひとりで思い込んでいました。
たった3杯。健康だったころなら、のどが渇いたらいくらでも飲めたのに。あのコップ1杯が、どれだけ貴重だったか。今でも忘れられません。
唾液で、口をうるおして我慢した
それでも、のどは渇きます。でも飲めない。だから私は、自分の唾を飲み込んで、口の中をうるおして我慢していました。
情けないとか、みじめだとか、そんなことを考える余裕もなく、ただただ「水が飲みたい」。その一心でした。透析を経験していない人には、たぶん大げさに聞こえると思います。でも、本当にそれくらい、水が飲めないのはつらいことなんです。
「退院したら、冷えたアクエリアスを」
我慢している間、ずっと心の中で思っていたことがあります。
「退院したら、キンキンに冷えたアクエリアスを飲むんだ」
それだけを支えに、コップ1杯のほうじ茶を、少しずつ、大事に飲んでいました。あの冷えた一本を思い浮かべることが、つらい入院生活の中での、ささやかな希望でした。
じつは、飲んでもよかったらしい
これは、退院してから知ったことなのですが——じつは病棟には自販機があって、(決められた水分の範囲で)飲んでもよかったらしいのです。
でも当時の私は、それをまったく知りませんでした。「出されたほうじ茶以外は、口にしてはいけない」と思い込んで、自販機の前を通っても、買うことはありませんでした。あんなにかたくなに、唾液で我慢する必要は、本当はなかったのかもしれません。
知らなかっただけで、あれだけつらい思いをした。退院してそれを知ったときは、なんとも言えない気持ちになりました。透析生活では、こういう「知らずに損していた」ことが、けっこうあります。聞ける人がいるなら、遠慮せず聞いておくといい——そう思った出来事でした。
退院した今も、「水が飲みたい」
今は退院して、お茶を量を減らしながら飲んでいます。入院中よりは、飲めるようになりました。それでも正直に言うと、今もずっと「水が飲みたい」と思っています。
これはたぶん、透析患者が一生つきあっていく気持ちなんだと思います。慣れることはあっても、なくなることはない。だからこそ、たまに飲む一杯が、心からおいしいと感じられるのかもしれません。
同じ気持ちの人へ
もし今、入院中で水が飲めずにつらい思いをしている人がいたら。その気持ち、痛いほどわかります。今はしんどいけれど、退院したら、少しだけ飲めるようになります。私にとっての「冷えたアクエリアス」みたいに、自分なりの楽しみを一つ、心に持っておくと、不思議と乗り越えられます。
水が飲みたい。そう思うのは、わがままでも弱さでもありません。生きるために我慢しているからこそ出てくる、当たり前の気持ちです。一緒に、無理のない範囲で付き合っていきましょう。最後まで読んでいただきありがとうございました。
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