「痛みを我慢する代わりに、お金が入る」透析患者の正直すぎる本音
こんにちは、透析生活!のアグーと申します。
今日は、調べた話でも、制度の話でもありません。「水が飲みたい」「透析ですと言うと心配される」に続く、透析患者の正直な気持ちの話です。テーマは、透析が一生続くと知ったときの、正直すぎる本音について。
初めて透析を受けたのは、入院のときだった
私が初めて透析を受けたのは、透析を始めるための入院のときでした。初めて見る透析室の光景に、私は圧倒されました。そのままベッドに横になり、治療が始まりました。
(このときの「水が飲みたい」という入院中のつらさは、別の記事に書いています。)
退院して、通院が始まった
入院を終えて退院すると、今度は自宅から透析に通う生活が始まりました。あわせて、障害年金の申請もしました。
針を刺されるとき、思ったこと
透析は、シャント(血液の出入り口)に針を刺すところから始まります。「穿刺(せんし)」と言います(針の痛みや「慣れるのか」という話は、こちらの記事で詳しく書きました)。
通院での透析で、その針を刺されたとき、頭にはっきりと言葉が浮かびました。
「これが、一生続くのか」
週3回、1回4時間。終わりはない。——そして、それと同じくらいはっきり、もう一つ思ったことがあります。
「この痛みを我慢する代わりに、お金(障害年金)が入るのか」
正直な気持ちです。きれいごとではありません。透析を受けていると、障害年金の対象になります(対象になるかや金額は人によって違います。詳しくは障害年金の記事や年金事務所などで確認してください)。
「痛みを我慢する代わりに、お金が入る」。そう思うことで、私はこの一生続く治療に、折り合いをつけていました。感動的な受け止め方ではないけれど、あのときの私には、その現実がいちばんしっくりきました。
もう一つの支えは、たわいもない会話でした
もう一つ、救われたことがあります。看護師さんや技師さんとの、たわいもない会話です。
病気の話でも、深刻な話でもない。本当に何でもない世間話。それが、思っていた以上に、心を軽くしてくれました。
「一生続く治療」だと身構えていたけれど、その長い時間の中に、こういう何気ないやりとりがある。それだけで、ずいぶん救われたんです。
同じ気持ちの人へ
もし今、透析が始まったばかりで「これが一生続くのか」と落ち込んでいる人がいたら。その気持ち、痛いほどわかります。
折り合いのつけ方は、感動的なものじゃなくていいと思います。私みたいに「痛みを我慢する代わりに、お金が入る」でもいい。スタッフとの何気ない会話でもいい。人は少しずつ、慣れていけます。
あなたが透析を始めたばかりのころ、何が支えになりましたか?よかったら、コメントで教えてください。
最後まで読んでいただきありがとうございました。また次の記事でお会いしましょう。
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