第82記事

「透析になるかも」と親に言ったら、返ってきたのは「そんなお金ないよ」だった〜家族の理解が得られなかった私の話〜

こんにちは、透析生活!のアグーと申します。

今回は「透析と家族の理解」についてお話しします。少し個人的で、正直に書くのがつらい話も含みます。それでも、同じ立場で悩んでいる人がきっといると思うので、私の本当の体験として書きます。

実は私、これまで81記事書いてきて、家族のことだけは一度も書いてきませんでした。書けなかった、というのが正直なところです。今回、はじめて正直に書きます。

透析は「家族の理解」が大事だと言われる

透析の治療では、よく「家族の理解と協力が大事」と言われます。

実際そのとおりです。透析は週に3回、1回4時間前後の通院が一生続きます。食事や水分の管理も毎日のこと。体調が悪い日もあれば、入院が必要になることもある。送り迎え、家での食事の工夫、気持ちの支え、そして「もしものとき」の判断——どれを取っても、近くにいる人の理解があるかどうかで、患者の負担はまるで変わってきます。

でも——その「家族の理解」が、いつも得られるとは限りません。私がそうでした。

「え!そんなお金無いよ!」

私はもともと、転勤先で働いていました。そこで糖尿病による腎不全の手前という診断を受け、会社に報告。会社の配慮で、実家のある勤務地へ転勤させてもらいました。

実家に帰り、両親に「透析になるかもしれない」と伝えたときのことです。

返ってきた言葉は、

「え!そんなお金無いよ!」

でした。

正直、ショックでした。心配や励ましの言葉を、どこかで期待していたのかもしれません。でも今は、これは冷たさというより「透析というものを知らないがゆえの言葉」だったのだと思っています。透析にいくらかかるのか、どんな制度で支えられているのか、知らなければ、まずお金の不安が口をついて出るのも、無理はないのかもしれません。

入院の保証人を、書いてもらえなかった

その後、症状が悪化して入院することになりました。

入院には保証人が必要です。私は両親にお願いしました。けれど、ちょうど機嫌が悪かったらしく、「書かない」と言われてしまいました。

やむを得ず、私は保証人欄を自分で書き、ひとりで入院の準備をして、病院に向かいました。

このときのことは、今でもよく覚えています。心細くなかったと言えば嘘になります。でも、ここで気持ちが折れても何も変わらない。淡々と準備をするしかありませんでした。

救ってくれたのは、叔母でした

転機は、退院後でした。

叔母に透析のことを報告したところ、本気で心配してくれて、自分でいろいろ調べて、アドバイスまでくれたのです。家族の中で、初めて「ちゃんと向き合ってくれた人」でした。

その後、私が東京へ引っ越すことができたのも、叔母の協力があったからです。あのとき叔母がいなかったら、今の自分はなかったと思います。

家族の中で理解は得られなくても、少し離れた親戚が、思いがけず支えになってくれることもある。私はそれを身をもって知りました。

職場の同僚、そして友人にも助けられた

救われたのは、家族の外にもありました。

その会社は結局1年で退職してしまいましたが、在職中、会社は透析への理解を示してくれて、仕事の時間を調整してくれました。同僚たちも私のことを心配してくれて、通院できるように自分たちのシフトを変更してくれたり、仕事のうえでも何かと気を遣ってくれました。今でも本当に感謝しています。

友人もそうでした。透析のことを話すと、ちゃんと話を聞いてくれた。わかろうとして耳を傾けてくれる、それだけで救われる気持ちになりました。

もちろん、一部には理解が得られない知り合いもいました。でも私は、自分から透析の話を押しつけることはせず、相手が聞いてきたときだけ話すようにしていました。無理にわかってもらおうとしない。その距離感が、自分にとってはちょうどよかったのだと思います。

理解や協力は、必ずしも血のつながりからだけ来るものではない。家族にわかってもらえなくても、支えてくれる人は、ちゃんといる。私はそう実感しました。

家族に理解してもらうために、できること

私の経験から、ひとつだけお勧めしたいことがあります。

それは、お医者さんからの話を、できれば家族と一緒に聞くことです。

こうしたことは、患者本人が後から言葉で伝えても、なかなか伝わりません。でも、医師から直接、家族の耳に入れば、受け止め方が変わることがあります。「知らない」から不安になり、「知らない」から冷たい言葉も出てしまう。だからこそ、最初の説明の場に家族がいることには、大きな意味があると思います。

それでも——理解が得られないこともあります。最近、兄が叔母と私のことを話したようですが、透析への理解は、やはり得られなかったようです。

正直、さみしい気持ちはあります。でも、私はもう、すべての家族にわかってもらおうとは思っていません。わかってくれる人が、ひとりでもいてくれれば、それで十分前を向ける。叔母や、あの職場の人たち、友人が、そう教えてくれました。

それでも、前を向けた理由

今になって思うのは、こういうことです。

もしかしたら、家族の理解や協力がなかったからこそ、私は「透析」という言葉に絶望せずに、前を向いて進めたのかもしれない、と。

あのときの私は、誰かに頼ることもできず、自分のことで頭がいっぱいで、ただ必死でした。落ち込んでいる余裕すらなかった、というのが本当のところです。でも、その必死さが、結果的に私を立ち止まらせませんでした。

強がりに聞こえるかもしれません。でも、人生で起きることは、後から振り返ると、悪いことばかりでもないのだと、今は思えています。

まとめ

もし今、家族に理解してもらえなくて苦しんでいる人がいたら、これだけは伝えたいです。あなたが悪いわけではありません。そして、わかってくれる人は、きっとどこかにいます。

最後まで読んでいただきありがとうございました。また次の記事でお会いしましょう。

この記事は透析患者本人の体験談です。家庭やご事情はそれぞれ異なります。治療方針や腎移植などについては、必ず主治医にご相談ください。

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