雷門の大提灯を見に、もう一度歩いた
こんにちは、透析生活!のアグーと申します。
今回は、夜さんぽの話です。
前に、夜の浅草寺まで歩いた話を書きました。あのとき私は、側道から境内に入って、側道から出ました。だから記事の最後に、こう書いています。
「心残りがひとつ。雷門を正面から見ていません」
見に行ってきました。
21時半に、家を出た
夜の9時半。家を出て、いつものコースを歩きはじめました。
スカイツリーへ向かう道です。夜さんぽを始めたころ、スカイツリーは目印でした。あそこまで歩けたら上出来、という距離です。
いまは通り道になりました。この日も、下から見上げながら通り過ぎました。青と緑に光っていました。
そこから隅田川ぞいに出て、浅草へ向かいます。
浅草寺には、お堂のほうから入った
たどり着いた浅草寺には、お堂のほうから入りました。
前回と同じで、正面からではありません。それでも今回は、行き先が決まっていました。
宝蔵門の、阿吽の像
境内を抜けると、宝蔵門があります。
金網の向こうに、大きな像が2体。阿吽の仁王像です。
夜の照明に照らされて、赤い体がはっきり見えました。片方は口を開け、片方は口を結んでいます。それが阿形と吽形だそうです。
調べたら、いまの像は1964年に作られたものでした。そしてモデルは力士だったそうです。阿形が北の湖、吽形が明武谷。
言われてみると、たしかに体つきが力士です。
そこをくぐって、参道へ。
参道を、逆に歩いた
仲見世は、シャッターが閉まっていました。
それでも、字は読めます。雷おこし。人形焼。
閉まった店の前を通りながら、昼間に買いに来ようかと悩みました。
その参道を、逆向きに歩きます。ふつうは雷門をくぐって奥へ進む道です。それを、奥から入口へ向かって歩いていきました。
突き当たりに、大提灯が見えてきます。
真下まで来て、見上げました。思っていたより大きい。赤と黒の面が、ぐるりと迫ってきます。
雷門の下に立った
門をくぐって、外に出て、振り返りました。
これが、正面から見た雷門です。
門の前には、人がいました。ほとんどが外国から来た人たちです。みんな雷門の前で写真を撮っていました。
前に来たときは、ここを通っていません。だから、この門を正面から見るのは初めてでした。
吾妻橋を渡って、まっすぐ帰った
帰りは吾妻橋を渡りました。雷門から東へまっすぐ行くと、隅田川に出る。そこに架かっている橋です。
渡りながら見えるのが、あの金色のオブジェです。
調べたら、名前がありました。「フラムドール」。フランス語で、金の炎という意味だそうです。
しかも、載っているのはアサヒビールの本社ビルではありませんでした。隣にある「スーパードライホール」の屋上です。1989年、創業100周年を記念して建てられたもので、全長44メートル、重さ350トン。
私はずっと、本社ビルの上にあるものだと思っていました。
橋のあかりが川の面にのびて、そのまま揺れていました。
あとは、その道をまっすぐです。行きのように寄り道はしませんでした。
家に着いたのは、0時すぎ
家に着いたのは、0時をすぎていました。
歩数は、およそ12,000歩。9時半に出て、2時間半歩いたことになります。
まとめ
- 前の夜さんぽでは側道から入って側道から出たため、雷門を正面から見ていなかった
- その心残りを回収しに、もう一度歩いた
- 21時半に家を出て、いつものスカイツリーのコースから隅田川ぞいへ
- 浅草寺にはお堂のほうから入り、閉まった仲見世の参道を逆向きに歩いて雷門へ
- 宝蔵門には阿吽の仁王像。いまの像は1964年のもので、モデルは力士(阿形が北の湖、吽形が明武谷)
- シャッターは閉まっていても字は読める。雷おこし、人形焼。昼間に買いに来ようかと悩んだ
- 大提灯は、真下から見上げると大きい。赤と黒の面が迫ってくる
- 門の外に出て振り返ると、そこが正面。人がいて、ほとんどが外国から来た人たちだった
- 帰りは吾妻橋を渡り、その道をまっすぐ
- 金色のオブジェの名前は「フラムドール(金の炎)」。アサヒビール本社ビルではなく、隣のスーパードライホールの屋上にある。1989年・創業100周年の記念、全長44メートル、重さ350トン
- 帰宅は0時すぎ。歩数はおよそ12,000歩、2時間半
書いた約束は、果たしました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。また次の記事でお会いしましょう。
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